■Day-2 (午後2) プリント基板工場を見学 [2014/12/09]

金属加工工場を後にして、バスで50分。15時40分にプリント基板の工場に到着。工場というよりは、工業団地全体がプリント基板企業の集合体のようだ。今回の訪中で最も楽しみにしていた訪問先である。

この工場は、ウエット工程と非ウェット工程の2つのセクションに分かれているらしい。 まず最初に、非ウェット工程のセクションから見せていただく。


入り口のトラックヤードを入ると、さっそく銅張り生基板を荷さばきしている光景に出くわす。これが噂に聞く定尺生基板というものか、といちいち感動する。実は一般的なプリント基板の工場を見るのは、今回が初めてである。

すこし奥に進むとNC制御の穴開け装置がずらりと並んでいる。基板の供給・取出しは手動である。ドリルラックにはいろいろな径のドリルが並んでいる。最も細いものでも0.3mmと、意外と太い。ここはあまり微細な工場ではないのかもしれない。隣にいる参加者が前置きもなく「意外と太いですね」と話しかけてくる。どうやら同じ肌感覚の持ち主のようだ。

稼働中の装置に近づいてみる。数枚の基板を重ねてドリルで穴を開けている。画面によると、装着されているドリルの径は0.4mmである。手元の時計でタクトを計ると、1穴あたりおよそ300ms。想像よりも速い。

日本に戻ってから最近設計した基板の穴数をみると344穴だったので、このときのスループットは100秒である。基板製造は穴開けが工程のボトルネックだと聞いていたが、なんだか拍子抜けである。


上の階に進んで、検査の部屋を見せていただく。女の子が数人、窓際に机を並べて目視検査をしている。1枚4秒程度で良・不良を判断している。良品と不良品の山の高さからみると、不良率は5%程度のようだ。私は自動検査装置の工法開発が本業なので、どんな不良なのか気になる。言葉のわかる人に聞いてもらったのだが、これは不良ではなく分けて置いているだけというような返答で、どうも判然としない。なんだかはぐらかされているような感じがする。もしかすると検査設備屋だと感づかれて、クビにされては大変と警戒されているのかもしれない。


この部屋には、プローブテスターも2台置いてある。専用治具で一括コンタクトするタイプで、ローカルメーカー製のようだ。別の部屋にフライングテスターもあるらしい。


さて、次にウェット工程のセクションを見せていただくため、道を挟んで反対側の工業団地に移動する。 工場に近づくにつれ、あたりの空気がどんどんケミカリーになってくる。我々はMakerにとっては、むしろ良い香りである。でも、もしここに嫁さんを連れてきたらと思うと、ちょっと暗澹な気持ちになる。なぜか警備員が中国語で怒鳴りながら追いかけてくる。どうすることもできないが、一応ちょっと早歩きにする。歩くこと5分、煤けた感じの建物に到着。目指すウェットプロセスのラインはこの建物の6階に敷かれているらしい。トラックヤードにある人荷兼用エレベーターに乗って6階へ上る。


このエレベーターは、いま思い出してもおぞましい代物だった。電灯の黄ばんだプラスチックカバーはすっかり割れて、そのむこうに薄暗い電球がみえる。長く保守されていないことは明白である。床はずいぶん錆びていて、あろうことか化学薬品でべっとりと濡れている。靴を履いていても、この液体が水でないことはちゃんとわかる。これは信頼感ゼロの機械である。 こんなのに乗るくらいなら歩いて登った方がいい。もし乗るにしても、全滅を避けるため1人ずつ試すべきである。

ああそれなのに、そんなものに我々は13人ぎっしりつめて乗り込んだのだ。乗ってからの異様な雰囲気は、ちょっと言葉で形容しがたい。下を向いて黙り込む者あり(もし落ちたら接地の瞬間にジャンプしよ…)、周りの人の体重を目測する者あり(全員で1トン超えてるんじゃ…)、無理に明るい冗談を口にして和ませる者あり(これディズニーランドの、ほらホーンテッド…)。

理由はともかく、一行の心がひとつになったと思えた瞬間だった。


祈りが通じて無事に6階に到着。強いアルカリ臭が鼻をつく。床は薬品でツルツルで、析出した結晶が粉をふいている。すごいところにきたものである。おそるおそる作業場へ足を進める。風呂桶と同じくらいの大きな槽が、たくさん並んでいる。槽には青い液体がなみなみと入っている。エアでバブリングされているため、辺り一面に青いしぶきが舞っている。

やにわ男が1人、槽から筏のようなものを手づかみで引き上げる。手から液が滴る。手袋はずいぶん短い。引き上げられた筏をよく見ると、銅箔色をした板がくっついている。青い色で描かれた基板のパターンも見える。なんとこれは現像槽だったのだ。いやはや驚いた。サンハヤトが二度見するレベルの素朴さである。でも、驚きが収まって冷静になるにつれ、ここで働く人の健康が心配になってくる。


おそらくこの液は単なる炭酸ナトリウムの水溶液で、致命的な害はないのかもしれない。さっきのエレベーターだって、結果的にはちゃんと6階に着いた。ぱっと見の見学者がどうこう言ってはいけないのかもしれないけれど、やっぱりこういうやり方って、どこか人道から外れているように思う。いつもFusionPCBで基板を頼んで、安い安いと喜んでいるけれど、その後ろでこういう過酷な労働が行われていたと思うと、なんだかずいぶんショックである。


たとえばFusionPCBが、「工場の従業員にマスクと長手袋を支給したいので、50円値上げさせてください」と言ったら、私は喜んで支払うだろう。コーヒー豆にフェアトレードというしくみがあるけれど、あれと同じ考え方である。プリント基板は農作物ではないけれど、フェアトレードの理念を導入してくれればよいのにと思う。

思えば、高速な直描露光装置の普及や安価なCADの出現など、複合的な要素によって実現した「プリント基板のネットオーダー」は、Makerの歴史に残るパラダイムシフトだと思う。松電子やOLIMEXといった黎明期を経て、FusionPCBに代表される中国への直接発注の時代になった。いまや、品質と価格の均衡点はだれもが満足できる水準に達している。そういう意味で、基板のネット製造は、もはや黎明期どころか普及期も通り過ぎて、消耗期・停滞期に入りつつあるのではないか。この優れたエコシステムを持続的に維持・発展させるためには、価格や品質にとどまらない、心に訴えかける競争軸を導入してもよいのではないか。現像槽に立ち向かう彼の短い手袋を思い出しながら、そんなことを考える。



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